« 2008年11月 | トップページ | 2009年1月 »

境港に行ってきた

境港の商店街(水木しげるロード)は、年間150万人もの観光客が訪れるという、鳥取県の代表的な観光地である。 しかしながら実際に行ってみて、他の観光地と比べると、随分と不思議な所だなあという印象をうけた。 例えば、同程度の来訪者がある熊本市の熊本城と比べると、違いが際立っている。
-------------------------------------------------------
          水木しげるロード     熊本城
-------------------------------------------------------
都市人口    境港 3.6万人      熊本 68万人

観光対象    ブロンズ像(133体)  城郭建造物(天守閣・御殿など)
          個人業績の展示     歴史遺構の展示

展示館の規模  水木しげる記念館    本丸御殿
           総工費4.8億円    総工費54億円

年間来訪者数   148万人         177万人
来訪者/人口    41            2.6

観光地としての   15年           約50年
期間
--------------------------------------------------------
両者は、観光対象の規模からすると、比べ物にならない。 展示館の規模にしても10倍の開きがある。 にも関わらず、来訪者数としては、境港は熊本城と同程度の観光客を呼び入れているのである。 また、人口1人あたりで換算すると、水木しげるロードの来訪者数は15倍を越えている。 これは大変な事だ。 

もちろん、それには色んな理由があるのだろう。 何よりも水木しげるという人の強烈な個性が原動力になっているのはいうまでもない。 観光地としての歴史は短いが、「ゲゲゲの鬼太郎」の方は40年の歴史があり、膨大な数の人々の記憶に染み込んでいるのである。 誰もが知っている、という事は、宣伝効果として大きな影響力を持っているに違いない。 

それから、おそらくは地元の人々の街の活性化への熱意、これも大きな要因であろう。 ネットの記事だけでは中々窺い知れないが、実際に訪れてみると、本当に至る所で、鬼太郎や妖怪の絵が目に付く。 駅のホームの足元や立て看板。 駅名表示板に妖怪のイラスト。 列車の車体全面に鬼太郎のイラスト。 駅を出ると、道路両側に土産屋が並んで、ほぼ全ての店で妖怪関連の食事メニュー(妖怪ラーメンとか)やお菓子やマスコットが売られている。 はっきり言って、節操がなさ過ぎるが、それもこれも、地元を何とか盛り上げたいという熱意の表れと思えば理解できる気がする。 

そもそも観光地という所は、いわば、年中お祭り気分を演出することが求められるのだろうし、訪れる客の方だって高尚な目的で来るわけではない。 何となくにぎやかな雰囲気さえあれば、まんじゅうに安物のキーホルダーを土産に買って、それで満足できるのだ。 そういう現実離れした空間と妖怪というのは、確かに相性が良さそうに思える。 私自身、大した目的もなしに行ったわけだし、同様に子連れの旅行で、何となくいってみようかと思う人は多いと思う。

で、結局、楽しかったのかというと、少々微妙な所もあるので、その辺はまた別の記事で書いてみよう。 (その気になればだが。)

Photo

| | コメント (0) | トラックバック (0)

境港に行く (2)

先回りして境港の上空から熊本方面を眺めてみた。 この画像を見て思った事。

・ 見慣れない土地で南北逆だと、ぱっと見ただけでは、どこだかわからない。
・ 九州は、やはり日本の果てだ。
・ 中海と宍道湖の形が不思議。 
・ 衛星画像がつぎはぎで見苦しい。

そういえば、中海というのは、干拓事業が途中まで進んだものの、反対運動と資金不足が重なって中止になった所である。 一方、ほぼ時期を同じくする有明海の諫早干拓は、最近ほとんど完成してしまった。 両者の経過の違いが気になるが、ここで論じるにはテーマが重過ぎる。 脳天気に妖怪などに釣られて訪れる者としては、あれこれいえる立場ではない。 機会あれば、また考えてみたい。

Google Earth は便利だが、場所によって衛星画像の色合いが全く異なるため、見た目が良くない。 Google の技術で、もうちょっと何とかならんものだろうか。

(画像クリックで拡大) 
Photo_3

| | コメント (0) | トラックバック (0)

境港に行く

あさってから、小学3年生の息子と2人で鳥取県の境港に行く事にしている。 ゲゲゲの鬼太郎がらみで、水木しげる記念館だとか、妖怪のブロンズ像だとかを見に行く予定。 子供は、この数年、妖怪オタクになっていて、暇があれば水木しげるの妖怪のイラストを丹念に模写して遊んでいる。 そこまで好きなら、一度連れて行ってやるか、と今回の旅行を思い立ったのだが、実は子供の方は、旅行についてはそれほど期待している様子ではない。 もともと部屋でアニメを見て、コツコツ絵を描いているのが楽しいのあって、外を出歩くのは、やや苦手のようだ。 つまり、旅行に行きたいのは、どちらかというと親の方で、子供は仕方ないからついて行ってやる、という立場である。

Google Earth で、うちの上空から境港方面を眺めてみた。 下図は約8万m上空からの鳥瞰だが、目的地は、はるか彼方である。 実際、新幹線と特急を乗り継いでも5時間半かかるので、中々に遠い所だ。 そんな遠い所に行くのは久しぶりなので、自分は楽しみなんだが、子供の方はきっと退屈してしまうだろう。 親孝行だと思って、あきらめてもらう他無いが。

(画像クリックで拡大)
Photo

| | コメント (0) | トラックバック (0)

続々・ヒメツルソバ (姫蔓蕎麦)

下手な写真だが、またまたヒメツルソバ。
Photo_3

| | コメント (0) | トラックバック (0)

続・ヒメツルソバ (姫蔓蕎麦)

Photo_2前にとったの と同じヒメツルソバを下から見上げて撮影。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

続 ・隣合う数の掛算でNの倍数を作る

前回、連続数の掛算で N の倍数を作る、というプログラムを紹介した。 その後、別のプログラムを使って 10000 以下の全ての N について計算してみた所、下図のような結果が得られた。 これは、「掛算する数<N の範囲で、Nの倍数が作れる組合せ個数」 をプロットしたものだ。 横軸はN、縦軸は組合せ個数を表す。 この結果で気になるのは、組合せ個数は 0、2、6、14、30 に限られ、それ以外の個数となる場合は存在しない、という事だ。 この事を、コンピュータに頼らずに証明する事はできるだろうか。 

2l

| | コメント (2) | トラックバック (0)

隣合う数の掛算でNの倍数を作る

前回、連続数の掛算で 10000 の倍数を作る問題を紹介した。 では 10000 以外だとどうなるだろうか、というのを調べるプログラムを作ってみた(注)。 下の N= の横の枠に適当な整数を入れて「計算」を押すと、掛算する数<N についての結果が表示されるので、試して頂きたい。 大抵は、2組ぐらいしか表示されないが、N=30, 210, 2310 という値を入れると、もっと多くの組み合わせが表示される。 たくさんの組み合わせがあるような N について、その現れ方に規則性があるかどうかが気になって調べてみたが、どうも分かりやすい規則性はなさそうだ。


(注) 古いブラウザを使用している場合、Flash の新しいバージョン をインストールする必要があるかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

隣合う数の掛算で10000の倍数を作る

ひつじ掲示板2 で紹介された問題。

「9999以下の連続する整数で、その積が10000で割り切れるものをすべて求めよ」
Photo
赤い白山木の実の所に、どんな整数が入れば良いだろうか。

回答例(まちがってるかも)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ハクサンボク(白山木)らしい

これも雁回山で撮影。 名前を知りたくて、ネットを探し回ったものの、これといったものが見つからない。 そこで、画像掲示板@植物園へようこそ で相談してみたら、さっそく教えていただいた。 何でも詳しい人に聞いてみるべきだ、と改めて思った次第。
Photo

| | コメント (0) | トラックバック (0)

フユイチゴ

Photo冬の苺ではなくて、フユイチゴという野生種。 前回のクサギと同じく、宇土市の雁回山にて撮影。 写真を撮った後、食べてみた。 微妙に甘みもあるが、同時に、妙にエグイ風味がして不味かった。   

| | コメント (0) | トラックバック (0)

クサギの実

Photo落果間際のクサギ(臭木)の実。 宇土市の雁回山にて撮影。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

3つの選択肢から二者択一で答を選ぶ (3)

前回の記事では、情報量というものを持ち出して次のように定義した。

・ N個の選択肢から正解を1個選ぶのに必要な情報量 = Log2( N )

この定義では、選ぶための質問手順を限定していない。 ある選択肢数に対して、質問手順が異なっても情報量は同じである。 この事で、何か問題が生じることはないのだろうか。 以下、検討してみる。

例えば、カード3枚から正解1枚を見つける手順は、次のように3通りに分類できる。
----------------------------------
手順1. 3枚並べておき、正解の1枚を直接選んでもらう。
Photo_2
定義より、増える情報量 = Log2( 3 ) である。
----------------------------------
手順2. 2枚と1枚に分けて並べ、どちらか選んでもらう。 → 1枚の方が選ばれる。
Photo_3
手順1とは質問のやり方が違うが、結果的に、3枚の中から直接1枚が選ばれるため、情報量の増え方は手順1と同じである。
----------------------------------
手順3. 2枚と1枚に分けて並べ、どちらか選んでもらう。 → 2枚の方が選ばれる。
      1枚と1枚に分けて並べ、どちらか選んでもらう。
Photo_4
この場合、2枚の方が選ばれる時に、どれだけ情報量が増えるかが、未定義である。
なお、2枚のうち1枚を選んでもらう時は、Log2( 2 ) = 1 だけ情報量が増える。
----------------------------------
結局、手順1~3 で増える情報量が同じになるためには、手順3で2枚の方が選ばれる時の情報量を、明らかにしておく必要がある。 そこで、情報量に関して次のような前提を設けることにする。

・ 情報量は、足し算ができる。 すなわち、
  (結果的に必要な情報量) = (個別の手順に必要な情報量の総和)

そうすると、次のような関係式が書ける。

  Y : 3枚から正解となる1枚を選ぶ時の情報量 (手順1)
  X1 : 3枚から正解を含む2枚を選ぶ時の情報量 (手順3 1回目)
  X2 : 2枚から正解となる1枚を選ぶ時の情報量 (手順3 2回目)
 
  Y  = X1 + X2      移項すると、

  X1 = Y - X2 
     = Log2( 3 ) - Log2( 2 ) 
     = Log2( 3/2 )      = 0.58 ・・・

この X1 の式を一般化すると、次のように書ける。

  N個の選択肢から正解を含むM個を選ぶのに必要な情報量 = Log2( N/M )

これは、最初に述べた情報量の定義を、さらに一般化したものである。 選び出す個数Mが大きい場合は、その分、正解が曖昧になるのだから、情報が減るはずだ。 実際、上の式の N/M の部分が、情報が減る効果を表している。
Q_inf_2_4
以上をまとめると、「情報量は足し算ができる」 という前提のもとで、「N個から正解を含むM個を選ぶ情報量」 を上記のように定義しておけば、正解を見つける手順が変わっても問題ない、という事がいえそうだ。
------------------------------------------------------
ここまで、選択問題 と情報量の関係について、思いつくまま書いてみた。 一般には情報量というのは、「情報理論」 で扱われる概念であり、専門書では、もっと数学的にちゃんと定義され、さらに深い議論が展開されている。 ネット上の記事では、Wikipedia が詳しい。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

3つの選択肢から二者択一で答を選ぶ (2)

前回の記事で、次の事を問題にした。

・ 3個の選択肢から二者択一で正解を1つ選ぶのに必要な質問回数は、
  計算式によると Log2( 3 ) = 1.58・・・ 回となるが、この数字に
  どういう意味があるか?

「3つの選択肢から二者択一で答を1つ選ぶ」というのは、どういう作業だろうか。 普通に考えると、「まず2個と1個に分けて、どちらにあるか質問し、それで分からなければ、2個のうちどちらにあるか再質問する」 という手順になるだろう。 つまり、中途半端な回数というのは、そもそも、ありえない話であって、上の問題は無意味だということもできる。

しかし、そこに計算式と計算結果がある以上、その式自体は何か意味する所があるかもしれない。 数字というのは、それが表すものによって意味があったりなかったりする。 例えば、パソコンを 0.5 台用意するのは難しいが、ジャガイモを 0.5 個用意することはできそうだ。 小数値のパソコンは無意味でも、それをジャガイモに置換えることで、0.5 という数字の意味を感じ取ることはできるだろう。
Pcpotato
上の問題の場合、「質問回数」に対応する何か連続的な量を定義して、それで問題を置換えてみると、何らかの意味がつかめるかもしれない。
---------------------------------------------------------
ここで、少々唐突だが、「質問回数」に変わる量として「情報量」というものを考えることにする。 例えば、1回、質問・回答という作業を行うと、何がしかの情報が増え、もう1回、質問・回答を行うと、さらに情報が増える。 すなわち、質問回数に比例する量として情報量というものを定義し、それで問題を置換えて検討してみよう、というわけだ。

さて、その「情報量」であるが、それが整数の場合は、次のように定義するのが
自然だろう。

・ 2個の選択肢から正解を1つ選ぶのに必要な情報量 = 1
・ 4個の選択肢から正解を1つ選ぶのに必要な情報量 = 2

これだと、質問回数と情報量が同じ値になり都合が良い。 なお、情報の実体は何でもかまわない。 「左側」とか「右側」とか書いたメモ書きでも良いしパソコンのデータでも良い。 とにかく 「正解が分かる」 という事を基準にして、その量を定義しようという考え方である。 

この定義を一般化すると、次のように書ける。

・ N個の選択肢から正解を1つ選ぶのに必要な情報量 = Log2( N )

これだと、一般的には情報量は実数だということになる。 大事なのは、この定義では質問手順を 「二者択一」 に限定していない、という点だ。 「二者択一を繰り返して正解を絞り込む」 手順もあれば、「N個を並べておいて、いきなり1個選び出す」 手順もある。 しかし、必要な情報量はどれも同じ、とみなす事になる。

Q_inf_3
まとめると、前回記事の問題に対する説明は次のようになる。

・ 質問回数は整数であるから、それを小数で表すことは無意味である。
  Log2( 3 ) = 1.58・・・ というのは、質問回数を一般化した情報量を表すものであり、
  「3個の選択肢から正解を1つ選ぶのに必要な情報量」 に相当する。

ところで、上のような情報量の定義では、「ある選択肢数に対して、質問手順が異なっても情報量は同じである」 という事を、さきほど述べた。 しかし、本当にそれで不都合が無いのだろうか。 情報量の定義が破綻する事はないのだろうか。 その辺が気になるので、次回、さらに考えてみたい。 
(続く ... と思う。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

3つの選択肢から二者択一で答を選ぶ (1)

先日の EXOTIC GARDEN さんのコメント を見て、ちょっと面白いと思った所を整理してみた。 以下は 「複数の選択肢から1つ正解を見つける手順」 を書いたものだ。
(いずれも当たり前のような事ではあるが...)
----------------------------
(ケース A)
1. 4枚のカードを横に並べ、相手が好きなカードを1枚決めてもらう。
2. 中央で左右に分けて、好きなカードがどちらにあるか答えてもらう。
3. 好きなカードのある側の2枚のうち、どちらを選んだのか答えてもらう。

Photo_2
すなわち、4通りの選択肢から正解を1つ見つけるには、二者択一の質問が2回必要。
----------------------------
(ケース B)
1. 2枚のカードを横に並べ、相手が好きなカードを1枚決めてもらう。
2. 2枚のうち、どちらを選んだのか答えてもらう。
Photo_3
すなわち、2通りの選択肢から正解を1つ見つけるには、二者択一の質問が1回必要。
----------------------------
上記A,Bの関係を高校で習う対数関数を使って書くと、次のようになる。
    N : 選択肢の数
    X : 二者択一の質問回数
    X = Log2( N )        Log2 は 2 を底とする対数関数

    N=4 の時、質問回数は X = Log2( 4 ) = 2 (回)
    N=2 の時、質問回数は X = Log2( 2 ) = 1 (回)
----------------------------
このように N=2 や N=4 の時は問題ないのだが、では、N=3 の場合を考えるとどうなるだろうか。 式で書くと、
    N=3 の時、質問回数は X = Log2( 3 ) = 1.58・・・ (回)
となるのだが、1.58 回質問するというのは何だか意味が分からない。 現実的な事を考えれば、1回で正解が分かる場合と、2回で正解が分かる場合の両方があり得るので、1と2の間の値になるのは良いとしても、果たして 1.58 回という中途半端な値に、何か具体的な意味があるのだろうか。
(続く・・・かも知れない)

| | コメント (8) | トラックバック (0)

続 ・小学校のイチョウ

Photoイチョウという木は、生きた化石だとか気根だとか、その個性にまつわる話がいろいろあって興味深い。 私は、平瀬作五郎の逸話 がちょっと面白いと思った。 「花粉管端より躍然精虫の遊動して活発に転々突進する状況を目撃」 という表現がなかなか秀逸だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

小学校のイチョウ

小学校のイチョウの木。
私が子供のとき通った小学校にも大きなイチョウの木があった。 他にも、校庭にイチョウの木がある学校は多いような気がする。 何かわけがあるのだろうか...。

Photo

| | コメント (4) | トラックバック (0)

数字は、あなたが好きなものか?

By20q_1しつこく 20Q ネタを書いているが、まだ続く。 20Q が苦手な単語として、星のように日常から遠いものの他に、抽象的な言葉などがある。 例えば、「欲望」という単語で試してみたら、結局最後まで答えが出てこなかった。 では、「数」だとどうだろう。 やってみると案外早くて、16個の質問の後、「数字」という答えが出てきた。(「数」という答えは出てこなかった。) 身近なぶん、分かりやすいということだろうか。 ただし、一つだけ見解の違う質問があって、それは、「あなたが好きなものですか?」というもの。 私は「時々」と応えたのだが、それは給料の数字が大きいとうれしいとか、ゲームでスコアが上がると楽しいとか、そういう感覚があったからだ。 20Q の「イイエ」という見解は、どこからきているのだろうか。 20Q は数学が嫌いという事だろうか。 あるいは、お金だとか順位だとか数字にとらわれる生き方が嫌いだ、というような事であろうか...。
By20q_2

| | コメント (3) | トラックバック (0)

星はでこぼこしているか

たびたび、せろふえ さんの受け売りで申し訳ないのだが、前回同様 20Q のWEBサイト で、「星」を想定して質問に答えていくと、途中で、「それはでこぼこしていますか?」と尋ねられ、そこで「イイエ」を選ぶと、20Q は答をうまく当てる事ができない。 20Q の判断の当否はともかく、実際の所はどうなんだろう。 

おそらくは、でこぼこしてる固体の星もあれば、恒星のようにガスの塊の星もある、というのが妥当なところだろうか。 太陽系の外に出てしまうと、それこそブラックホールなどという、いったい形自体が定義できるんだろうか、という訳のわからないもの(星ではないか)もあるらしい。 要するに、星などという人智を超えた存在に対して「でこぼこしているか」と尋ねることもまた、(前の記事同様)陳腐なことのようだ。

Phobos2_hirise_4以下、脈絡なく、単に「表面がどうなっているか」という視点で、ネット上の天体画像を比べてみる。
(それぞれ、参照元にリンクしている。)

まずは、固体の星。
右は火星の衛星フォボス。 
下は火星の地形 Victoria Crater。
Victoria1_opportunity_big_5

Observingjupiterdiagram_3次は、ガスの星。 右は、木星表面の想像図。 雲みたいなものか? 下は太陽の表面。 沸き立つガスが、あぶくのようにも見えて、正直気色悪い。
Sun3d_sst_big_3

Black_hole最後はブラックホール。 表面の形ではなくて、影の形のシミュレーション画像とのこと。
いずれの天体も、程度の差はあるものの、なんとも想像を絶する世界のようである。 
(注) 本記事内の画像は、それぞれリンク先のサイト管理者に著作権があります。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

星は石でできているか

せろふえ さんの記事から思ったこと。 20Q のWEBサイト で、「星」を想定して質問に答えていくと、途中で、「それは石でできていますか?」と尋ねられ、そこで「イイエ」を選ぶと、20Q は答をうまく当てる事ができない。 世間一般のイメージがどうなのか良く分からないが、私自身は、「直接目にすることができる地球が星の一種であって、その地殻が石でできているのだから、まあ 20Q のような判断も あってもいいか」と、漠然と思ってしまった。

ただし、せろふえさんが言うように、実際の星の多くは様々な物質でできており、地球のように石(無機質の固体)でできているのは、星全体の中では少数の部類になるらしい。 少し調べてみて分かった中で、「木星の成分の多くが金属水素である」というのが面白いと思った。 そもそも金属とは何か、水素とは何か、というのが自分には良く理解できていないのだが、大まかなイメージは、金属:電気を通す固体または液体、水素:目に見えない燃える気体、というもので、はたして金属化した水素というのがあっていいのだろうか、と思ってしまう。 日常的なイメージはともかく、学問的には理論的にも実験的にも色々研究されているようだ。(Wikipedia) 実験室内で100万分の1秒だけ、金属水素を生成するのに成功したという報告もあるらしい。 こんな変な物質でできている星もあるわけで、単純に石でできているかどうか、という問いかけは、(少なくとも科学的には)かなり陳腐なものかもしれない。

ちなみに、かみさんに「星って石でできてると思う?」と聞いてみたら、「う~ん違うと思う。 なんでかは分からないけど、普通の石とかじゃないような気がする。」という返事であった。 なるほど「星」というのは、そもそも良く分からないものを表す言葉なのだ、とあらためて思った次第。 

| | コメント (2) | トラックバック (1)

« 2008年11月 | トップページ | 2009年1月 »