« 諫早湾干拓 〜 有明海 | トップページ | 菜の花 »

滅茶苦茶な水俣病対策

発生以来50年も経っているのに、まだ解決しないどころか、ますます混乱を深めている水俣病。 重たい話です。

今日(2005.2.1)の熊本日日新聞で、水俣病対策 最高裁判決受け環境省が基本指針 認定基準見直さず という報道がありました。 経緯を大雑把にまとめると、次のようになります。
      -----------------------------------------------------------------------
1977年以降、公的機関が水俣病患者かどうかを認定する場合は、環境庁の 「後天性水俣病の判断条件」 という文書を基準にする事になり、その認定結果に従って加害企業チッソによる補償金 が支払われるようになった。
( 慰謝料 1600万〜1800万 + 年金 20万〜70万/年 + 医療費等 )

しかし、手足の麻痺などの軽度の感覚障害の場合、水俣病と認定されず、一切の補償が成されないため、不満を持った多くの患者が、各地で国・県に対して訴訟を起こした。 

そこで、解決策として 1995 年、村山内閣の時に 「国の責任を問わない」 という条件付きで、約1万人の手足の感覚障害がある人に 一時金 を支払う事になった。 これにより、ほとんどの裁判で訴訟が取り下げられた。 
( 一時金 260万 または 療養費 )

しかし、関西訴訟の原告だけは、裁判を続け、2001年4月の 高裁判決 で原告勝訴。 また、2004年10月に 最高裁判決 でも原告勝訴となった。 
医学的な見地 から、認定基準の不備を認め、賠償金 約800万 )

賠償についての判決は確定したものの、認定基準は裁判の直接の争点ではないため、国は判決直後から、 「基準の見直しはしない」 という方針を出しており、本日、正式に環境省としての指針を発表した。
      -----------------------------------------------------------------------
ここに至って、2つの大きな課題が対立しています。 

1. 賠償する根拠が 「認定基準の不備」 にある以上、
   国が 「基準を見直さない」 というのは、明らかに不合理である事。

2. 基準を緩やかにしてしまうと、1995年の和解対象者を含め、
   1万人を超える人数分の巨額の補償金が発生する事。

両方の課題をクリアできる良い方法があれば良いですが、もちろん、そんな都合の良い方法はありません。 結局、当面の政策としては、どちらか一方を優先する事になるでしょう。

A 認定基準を見直し、他の患者に対しても誠実な補償をめざす方向。 
  この場合、補償金は国や県の財源から賄うわけですから、
  国民全体にしわ寄せが行く事になります。

B 不合理であっても、従来の認定基準を継続し、現状維持を図る方向。 
  今、国はこちらを目指しています。

もし、強引にでも患者の人たちを抑えつけて、文句を言わせないようにできるのであれば、Bの選択肢が有効でしょうね。 国民の大多数は、特に不満を感じる事はないでしょうから。 でも、このやり方、個人的にはとても嫌な感じがします。 国が少数者の口を封じて、他の国民はその事に関心を持たない...それは大変怖い事のようにも思えます。

さらに、問題なのは現場の混乱です。 最高裁での判決後、新たに水俣病患者としての認定申請が急増し、現在数百人の審査待ちの人がいるそうです。 ところが、2005年1月以後、熊本県では、審査委員を引き受ける人が誰もいない、という異常な事態になっています。 当然です。 現行基準で審査を行い 「水俣病ではない」 という事になっても、裁判で 「基準の方がおかしい」 というのが明らかになっている以上、患者側としては納得するはずがない。 審査委員というのは医師だと思いますが、まともな人であれば、わざわざ、そんな恨まれるような仕事をしようとは思わないでしょう。

かたくなに過去の政策を維持しようとする環境省の態度は、まるで年寄りが死ぬのを待っているようにも見えてしまいます。 とにかく状況は滅茶苦茶です。 
        -----------------------------------------------------------------------
現行の認定基準の杜撰さ、および最高裁判決の医学的裏づけについては、再考・水俣病の医学 に詳しい記事があります。 (1)〜(23) とありますが、わかりやすく書かれていますので、ぜひ全部読むことをお勧めします。

水俣病全般については、 水俣病百科 が参考になります。

« 諫早湾干拓 〜 有明海 | トップページ | 菜の花 »

ニュース」カテゴリの記事

コメント

TB、ありがとうございました。
「みんな、いろいろガマンしてんだからさぁ」というような、誰の心の中にでもあるような心理が、常にこういうことを押し潰してしまう。
問題は外にはあらず、内にあり、ですね。

アキラさん、コメント有難うございます。 http://blog.ameba.jp/randy/archives/000145.html">田口ランディさんの記事 から、そちらのブログへ伺いました。 「みんな、いろいろガマンしてんだからさぁ」、環境省の役人はともかくとして、一般の、それも若い世代の人達も、普通にそのような意識を持っているのでしょうか。 だとすると、世の中ますます窮屈になりそうで、ちょっと心配です。

私は水俣に住んでいる人間です。水俣病は確かにチッソが悪いと思います。だけど一時金を誰がもらったと、思いますか?水俣病とはほとんど関係ない人たちですよ。それをみなさんしってますか?今チッソの前には、座り込みの人たちがいます。見ていると、元気そうな人たちばかりです。中には飲み屋のおばちゃん見たい人もいます。なぜ今頃になってするのか わかりません本当に水俣病の人なの?思わざる得ません。 

ぶたさん。 ご意見ありがとうございます。 地元で、じかに目で見た方の意見、重く受け止めています。 「水俣病とはほとんど関係ない人たちが一時金をもらった」、「座り込みをしているのは元気そうな人たちばかり」。 なるほど、現場を見ているからこそ実態がわかるというものですね。 もし今、認定申請している多くの人たちに対して、安易に病気を認めてしまったら、補償金など莫大な国費(我々の税金)がかかりますので、実際の所、そうそう簡単に認めるわけにもいきません。

ただ、一方で難しいのは、まだ認定されていない人達の中に、仮に少数だとしても、明らかに水俣病が原因で手足のしびれに苦しんできた人たちがいる、という事です。 これは、新聞取材、裁判の記録などを見る限り、多くの事例が報告されています。(もしこれが嘘だとしたら話になりませんけどね。)

ここで自分自身の問題として考えたいのは、「ごくわずかの人を助けるためだけに、莫大な金をかける意味があるのかどうか」という事です。 ブログの記事では、それでも救うべきだというような事を書きましたが、これは感情的な主張かもしれませんね。 例えば、社会と病気の問題に限っても、他に対策が必要な事は山ほどありそうです。 BSEやインフルエンザ、あるいは不景気に伴う精神疾患(自殺)の問題などなど。 結局は、そういう事に優先順位をつけて、一つ一つ地道に解決していくしかないし、その過程で水俣病の問題が後回しになってしまう事もあるかもしれません。 ただできる事なら、国(政治や行政)は、中途半端な医療対策で丸め込んでしまうのでなく、積み残した問題が何か、対策が可能かどうか、できないとしたらなぜなのか、をもっと納得できる形で説明して欲しいとは思います。

はやしださん  ご意見有難うございます。私の気持ちをわかってもらえて  確かに貴方の言われるとおり、少数だと思いますが水俣病の人はいると思います。時代の流れで  水俣病と口に出来なかった人たちが  だけどあまりにも未認定患
者と言われる人たちが、多すぎます。

今の世の中何が良くて、悪いのかわからなくなってきているような気がします。水俣は地道に頑張ってきているのに  いい町つくりに取り組んだいるのに  来週の月曜日にチッソの前で大規模な抗議集会があるみたいです。(あくまでもうわさ)どうなるやら

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 滅茶苦茶な水俣病対策:

» 不信の連鎖 その4 水俣病は終わらない [反米嫌日戦線 LIVE and LET DIE(三流偏向不公正独断蝦夷自分趣味)]
【伝説のバンド、リザードの「さかな」】 政治的決着を拒否した、水俣病関西訴訟の人達は裁判を続けた。 「水俣病の人間が、水俣病と認定されないことに、未来永劫不服... [続きを読む]

« 諫早湾干拓 〜 有明海 | トップページ | 菜の花 »

カテゴリー

  • FLASH プログラミング
  • ジグソーパズルBBS
  • パズル
  • 手工
  • 数学的な話
  • 日記・コラム・つぶやき
  • 花・植物
  • 音楽
  • 風景
  • 1日1枚
無料ブログはココログ