Arduino 実験キット

遊んでるひまがない...。

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懸案のパズル

カメラを作ろうとは思うのだが、その前に、このパズルを作ってから。


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カメラ

今さらだが、ある種のカメラを作ろうとしている。 できるだろうか?

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Siúil A Rún

これまでは、題名に「涙」を含む曲を紹介してきたが、今回は題名ではなく、歌詞の方に「涙」という言葉を含む Siúil A Rún という曲について。

この曲の題名は、アイルランドやスコットランドで使われている「ゲール語」である。 
「(戦に)行って、愛しい人よ」、という意味らしい。 
歌詞は英語とゲール語が交互に表れる、という不思議な構成になっている。
曲の由来は、工場日記 さんの記事が分かりやすい。 工場日記さんの訳詞の最初の方を引用させていただくと...

I wish I was on yonder hill
'Tis there I'd sit and cry my fill
Until every tear would turn a mill

もっと遠くの丘まで行けたらいいのに
そしたら思う存分泣けるのに
涙で水車が回るほどに

...という具合。 
紹介する動画は Clannad というトラディッショナルバンドの、1976年リリースの作品。
この、素朴で、ちょっと悲しげな旋律が心地よい。

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Tears In Heaven

今回は英語による涙の曲で、「Tears In Heaven (天国の涙)」。 エリッククラプトンが、子供の転落事故という極めて深刻な体験を契機に作った曲。 ここでは、Tommy Emmanuel & Igor Presnyakov による密度の濃いギターデュオを紹介する。

 

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Tränenregen

ドイツ語の涙は Tränen。 で今回は、シューベルトの「美しき水車小屋の娘」より「涙の雨(Tränenregen)」について。 題名からは分かり辛いが、ここで落ちる涙は一滴だけである。 号泣しているわけではない。

粉挽き屋の若者が、意中の娘と初めて寄り添うことができたのは、月の明るい夜の小川の畔。 甘美な陶酔と、なぜか湧き起こる怪しい妄想。 小川の流れが、こっちへおいでと彼を呼んでいる。 喜びと不安がないまぜになって、こぼれ落ちる一しずくの涙。 それが小川に水の輪を作り(※1)、娘は雨が降ってきたと言って、さっさと帰ってしまう(※2)。

※1 これは詩なのだから良いのだろうが、涙が落ちて川面に水の輪ができる、
    という状況は、現実にはかなり無理があるような気がする。

※2 こういうのを残酷というのだと思う。

演奏は、イアン・ボストリッジ と内田光子 (2004年)

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Les Larmes de Jacqueline

先日来の 「涙」シリーズが、いったい、いつネタ切れになるのかと思っているこの頃。 さて、今度はフランス語の涙 (Larmes) の曲で、Les Larmes de Jacqueline (ジャクリーヌの涙) というチェロの小品。 作曲はオッフェンバック、演奏は曲名と同じ名前の伝説的チェリスト、ジャクリーヌ・デュプレ。 あたかも、曲のタイトルが 彼女の生涯 を暗示しているかのようで、その深い響きが涙を誘う。

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Lacreme Napulitane

涙に絡んで、スペイン語(Lagrima)、ラテン語(Lachrimae) と続いたので、今度はイタリア(ナポリ)の Lacreme Napulitane (ナポリ移民の涙)という曲を紹介したい。 Libero Bovio 作詞 Francesco Buongiovanni 作曲による 1925年の作品。  歌詞はナポリ語で書かれており、そのままでは全く理解できないが、英訳サイトがあったので自分なりに意訳してみた。 (内容は保証できません。)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ナポリ移民の涙」

愛する母上へ
もうすぐクリスマスなのに
遠く離れているのが悲しい

にぎやかに爆竹を燃やし
バグパイプの音を聞きたい
まだ小さな娘のためにベッドを作り
テーブルの上に私の皿を置いて
そしてクリスマスイブを祝いたい
あなたと一緒にすごせるならば

涙ばかりの、アメリカの地
仲間達はナポリの空を思って泣いています
このパンの味気ないこと

お母さん、お金って何だろう
故郷を偲び、泣かねばならないのでは
意味がない

今僕には少しばかりのドルがあるけれど
こんなに貧しい思いをするなんて

毎晩うちのことを夢に見ます
子供の声が聞こえます
でも、お母さんは聖母マリア様
それも胸に剣を持ち
息子に突きつけているかのよう

もらった手紙に書いてあったね
娘が、出て行った母親の名を呼んでいたのだって
どうしたものか もし子供達が望むのなら
どうか彼女に戻ってきてほしい

私はまだ帰れないのです
みんなのために、ここで働くから
家も国も名誉もない
でも生きていきます
家畜のような移民として
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
1900年代当初、イタリアからアメリカに渡った移民に関する資料によると、実際に相当に厳しい生活を強いられていたらしい。 ただ、作詞家自身がどのようにして移民達の境遇を知る事ができたのかは、よく分からない。 また、詞の内容については、どちらかというと自分の恨み辛み (困窮し、出稼ぎに出た挙句、嫁に逃げられた?) を母親に対して、ひたすら書き連ねている、というように読めてしまう。 これじゃあ手紙を受け取った母親はたまらんだろう、と思ったりしたが、それは余計なお世話か。

歌っているのは Roberto Murolo (1912 – 2003)。 大仰なカンツォーネとは違う、静かな唄い方で、歌詞の背景にある、生きていく切なさのようなものを醸し出していて、中々いいなと思う。

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Lachrimae ~ アコーディオン

前記事の Lagrima はスペイン語だが、同じく涙を意味するラテン語のラクリメ(Lachrimae) という曲がある。 1600年頃のダウランドの作品。 それなりに有名な曲なので、歌、リュート、ギター、リコーダー、ヴィオラダガンバ、など様々なスタイルでの演奏を、ネットで探すことができる。 ここでは、あえて変わった所で、アコーディオンでの演奏を紹介したい。 演奏しているのは、Francesco Palazzo という、イタリアのアコーディオン奏者。 ゆったりした旋律が、アコーディオンの響きにとても良く合っていると思う。

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Una Furtiva Lagrima

Lagrima とはスペイン語で 「涙」。 ギター曲の Lagrima とはだいぶ趣が変わるが、ドニゼッティ作曲の有名なオペラアリアで、題名に同じ言葉を含む 「Una furtiva lagrima (人知れぬ涙)」 という美しい曲がある。 Youtube で少し探すと、パヴァロッティを初め、往年の名テノール歌手の、情感あふれる素晴らしい歌声を聴くことができる。

ところで、ネットには、この曲の動画がたくさんアップされているが、中でも特に気に入ったのがこれ。 歌っているのは、エンリコ・カルーソー(1873 - 1921)。 哀愁、ここに極まるといったところか。

Una Furtiva Lagrima
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